留学先:Harvard University,アメリカ, マサチューセッツ州ボストン
研究室:Beth Israel Deaconess Medical CenterMusculoskeletal Translational Innovation Initiative (PI: Ara Nazarian, PhD)
留学期間:2023年1月10日〜2023年4月12日
留学資金源:JSPS若手研究者海外挑戦プログラム (140万円)
私は,2023年1月10日からの3ヶ月間,Beth Israel Deaconess Medical CenterのMusculoskeletal Translational Innovation Initiative部門のNazarian Labに留学しました.
今回の留学は,自身が国分研究室にて実施しているアキレス腱断裂後の運動介入効果に関する研究での知見をもとに,共同研究を実施することを目的に計画しました.受入研究機関であるAra Nazarian博士とのファーストコンタクトは,2022年2月に行われたOrthopaedic Research Society Annual Meetingでした.Nazarian Lab所属の大学院生が,関節角度や関節トルクを制御しながら運動介入効果を検証するシステムについて発表を行っているのを拝見しました.当該システムは様々な筋骨格系障害モデル動物に応用が期待される点で,ぜひ私の研究でも活用したいと考え,共同研究の提案をしたところ,受入を快諾してくださいました.
私自身のこれまでの研究では,アキレス腱断裂術後のリハビリテーションについて,筋と腱の粘弾性(硬さ)の違いや術後の癒着による腱の滑走性低下に着目したマウスモデルを用いた介入研究に取り組み,運動様式の違いにより腱の質的回復に異なる効果をもたらすことを導いてきました.一方で,運動中に腱自体に加わる負荷を定量化した効果検証には至っていませんでした.今回の留学を通し,他動的な足関節運動を行える新規システムにより,腱負荷を定量化した介入効果の検証をラットモデルにて試みることに成功しました.
今回用いたラット腱歪み予測システムは,受入機関で既に他の病態モデルに使用されていたシステムでしたが,アキレス腱断裂後のモデルへの応用は初の試みでした.そのため,まずラットを用いてアキレス腱切断縫合モデルを作成する必要がありました.さらに,生体への日を跨いだ継続的な介入はこれまで実施されてきてなかったこともあり,飼育管理等の面で解決すべき課題がいくつもありました.慣れない環境下ではありましたが,M.D.&Ph.D.の学生やEngineering専攻の大学院生の助けを得ながら,腱へのメカニカルストレス量と治癒反応の関係性について探索する実験を遂行できました.また,介入の効果判定としての腱滑走性の評価手法については,自身が新規に確立させることができました.
今回得られたデータに追加し,異なる負荷条件下でのさらなる効果検証を行っていくことで,腱への伸長ストレスによる腱の長さ変化と腱成熟への寄与との関係性をメカニカルストレスの量・頻度の側面からより詳細に明らかにしていく予定です.
また,国分研究室においては,現在アキレス腱断裂後のマウスモデルにおいて運動中の筋腱複合体としての振舞いと,筋腱それぞれの機能回復に与える影響の関係性に焦点をあて研究を行なっています.これらの知見と,留学先で得られた腱単独にメカニカルストレスを付与した場合の介入効果と照らし合わせることで,治療効果を向上させる最適な運動方法を明らかにできることが期待されます.
国分研究室は,リハビリテーションをバックグラウンドとし,所属研究者は理学療法の知見を有している.一方,受入研究機関においては,Biomedical Engineering専攻の大学院生やOrthopedic surgeonのポスドクが多く在籍していた.専門領域の違いから,研究の問いに対する視点が異なり,はじめは互いの考えを理解することが困難な部分もあった.しかし,何度も根気強くディスカッションをさせてくださったおかげで,最終的には互いの意見を取り入れつつ研究を遂行することが出来た.議論をする際には,自身の領域ではあまり聞かれることの無い的確な指摘や質問をして頂き,視点の切り替えや思考の訓練にもなった.拙い英語力にも嫌な顔をせず,フェアな立場で意見交換をしてくれた研究室の仲間にはとても感謝しています.
また,留学先の研究体制や規模がかなり異なったことも印象的でした.十数個のプロジェクトが同時に進行しており,1つのプロジェクトに10人ほど,多様な専門領域の研究者が携わっていました.各々の役割に応じて強みを発揮することで,用いられる手法や得られるデータの幅が広がり,効率的に研究が遂行されていたと感じます.このような研究の進め方ではチーム全体での情報共有がより重要になるため,コミュニケーションが活発に図られていました.実際,所属するメンバーたちは,研究室にいる間,個人で作業しているタイミングがほとんどなく,複数人でディスカッションをしながら実験を遂行していました.私が今回行なったプロジェクトについても,自身の技術や知識が及ばぬ部分について,Ara教授をはじめ,多くの大学院生やポスドクの方々の協力が必要でした.研究内容のディスカッションから,実験協力の依頼,スケジュール調整など全てにおいて,仲間を巻き込んで遂行していく必要がありました.慣れない環境での研究遂行にあたっては,異なる文化・言語の壁を少なからず感じながらも,自らプロジェクトをマネジメントする機会を得たことで,コミュニケーションスキルが向上したと感じました.これらの経験は,今後の自身の研究発展やキャリア形成の面で,必ず役に立つと思います.今回このような貴重な経験をさせて頂き,研究者として成長する機会を与えてくださった方々に深く感謝申し上げるとともに,今後も海外研究室との連携を積極的に行いながら研究を発展させていきたいと思っています.
今回訪れたボストンはハーバード大学やマサチューセッツ工科大学をはじめ,世界有数の学術都市であり,研究者間の交流も盛んでした.渡航前には想定していなかった他の研究機関や異分野研究者との出会いもあり,大変貴重な経験ができました.キャンパス内も何度か散歩する機会がありましたが,世界有数の学生や研究者たちが集まってきている場なのだと思うだけで,とてもワクワクしました.街には歴史的な図書館や美術館,博物館も数多くあり,地下鉄やバスで広範囲の移動ができるため,3ヶ月間まったく飽きることなく楽しめました.留学先の研究室はBoston Red Soxの球場の真向かいだったのですが,ちょうどシーズンオフの時期だったため,試合を見に行けなかったのは残念でした.また機会があれば行きたいです.